背景に『マイケル』? スピルバーグ最新作『ディスクロージャー・デイ』日本だけ3か月延期の“想定外”の事情
7月2日、巨匠スティーブン・スピルバーグ監督の最新作『ディスクロージャー・デイ』(10月1日公開)の新たな場面写真が8点解禁された。監督最高傑作との呼び声も高い本作において、息をのむ緊迫のアクションシーンや未確認超常現象、ミステリーサークルなど、物語における「真実」の一端が垣間見える画の数々には期待感が煽られるが、世界では6月から公開されるなか、日本はまだまだお預けだ。背景には、何があるのか。
「ここ20年の最高傑作」絶賛作も、日本だけ大延期
日本公開日はもともと、7月10日を予定されていた。大幅延期されることが発表されたのは5月29日のことだ。本国アメリカでは6月12日から上映が始まっており、他国でも6月初旬から順次公開中。日本だけが取り残されたことになる。
本作は、政府や巨大企業が長年隠してきた「地球外生命体の存在」を知ってしまった主人公たちが、その真実を世に“開示(ディスクロージャー)”すべく動き出す……というSFスリラー。劇場用映画監督デビュー4年目での『未知との遭遇』(1977)や世界興収歴代1位を更新した『E.T.』(1982)など、キャリア初期に“宇宙人モノ”を大ヒットさせ、現在79歳になるスピルバーグが原点に立ち返った作品だ。
米政府がUFO関連の機密資料を公表し始めたタイミングともあり、公開前から注目度は抜群。実際、アメリカではオープニング(公開3日間)興行収入4400万ドル(約70億5089万円)を叩き出し、スピルバーグのオリジナル作品(原作物、シリーズ物以外)として、50年以上の監督人生のなか最高成績をマークし、批評家たちの間では“ここ20年の最高傑作”と高い評価を得ていることも報じられた。
一方で、世界の情報がシームレスに届く今、そうした評判も瞬時に海を越え、“どうやらめちゃくちゃ傑作らしい”と心待ちにしていた日本のファンにとって“開示”が4か月も遅れる事態は大ブーイング。SNS上では〈劇場で予告編見て楽しみにしてたのにそりゃないよ〉と落胆する声や、〈公開前にネット上がネタバレまみれになるのでは〉という心配が漏れ、〈日本市場がナメられているとしか思えない…〉との嘆きも。
不満が飛び交うなか、業界事情に詳しい映画評論家・前田有一氏は「配給側が想定外だった事態」を指摘する。
日本で、洋画が遅れて公開されがちな事情
洋画において本国及び海外諸国と日本の公開時期にタイムラグがあることは珍しくない。事情はケース・バイ・ケースだが、前田氏によれば、第一は「言語の壁」だ。
「よく言われているのは、日本の場合は字幕版と吹き替え版をつくるので、どうしても公開まで時間がかかるということ。早い時期に素材が提供されたら字幕制作も早くできますが、情報漏洩を避けるため素材がなかなか届かないこともある。そうなると、字幕制作作業が押すので公開日が後になります」(前田氏、以下同)
特殊な例としては、『オッペンハイマー』(2023)がある。「原爆の父」として知られる物理学者J・ロバート・オッペンハイマーの伝記物語で、そもそも被爆国・日本での受け止められ方には賛否ある題材だった。加えて、アメリカでは同日公開の『バービー』(2023)と組み合わせた「バーベンハイマー」というネットミームが流行。キノコ雲をポップ調に描くなど日本人が不快感を抱きかねないものへ公式が乗っかり、炎上騒動に発展した。大論争を受け、慎重に公開時期が検討された結果、日本では約8か月遅れでのお披露目となった。
また、近年叫ばれる「日本の洋画不況」も公開時期がずれる理由の一つだという。前田氏が解説する。
「今の日本は洋画が“弱い”=集客力がないのが現実です。ハリウッドの大作でさえガラガラということもある。それ故、配給&映画館にとって同時公開にこだわるメリットがあまりない、という考え方があるようです。コロナ禍以降(2020年?)、洋画のシェアは全体の30%前後に低迷気味。映画館側が洋画上映に消極的なので、公開館の確保が難しい側面はあるでしょう。しかも昨今の円安で買付価格が相当割高になり、ハイリスク・ローリターン化している。どうしても洋画を上映するなら、確実に客席を埋めたいわけです」
想定外だった? 下馬評覆した『マイケル』の快進撃
元々公開予定だった7月は『トイ・ストーリー5』(7月3日)や『キングダム 魂の決戦』(7月17日)、『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』(7月24日)、『スパイダーマン:ブランド・ニュー・デイ』(7月31日)など強豪作品が目白押し。夏の激戦回避は競争戦略上もっともだろうが、それらの公開スケジュールは予め分かっていた話だろう。前田氏は、「計画していた公開日からわざわざ遅れさせることに違和感があるのは確か」だとしたうえで、こう続ける。
「配給の東宝東和は、『ディスクロージャー・デイ』を公開するにあたって、7月では劇場を十分に確保できないと踏んだのでしょう。その大きな理由に、『Michael/マイケル』があると私は見ています」
公開延期の背景に、まさかの『Michael/マイケル』(以下『マイケル』)による影響説が浮上。どういうことか。
キノフィルムズ配給で、6月12日から全国386館スタートしたマイケル・ジャクソンの伝記映画『マイケル』。北米で4月24日に封切られるや、オープニング週末興収で9700万ドル(約155億4318万円)と、それまで伝記映画史上1位だった『オッペンハイマー』(8245万5420ドル)の記録を塗り替えた。日本でもオープニング興収は10億9002万円と、2026年公開の邦画・洋画すべての実写映画で1位の成績を樹立したところだ。
前田氏は、東宝東和側が、同作の世界的な大ヒットに慌てたのではないか――というのだ。
「海外では5月に入ってからも絶好調。それを受け、キノフィルムズが『これは日本もいけるぞ』と宣伝を拡大させていました。6月公開でバズるのが確定的となると、7月公開作品がその余波を受けるのは必至です。そして今の日本は一度勢いがつくと、稼げるうちに稼ごうと映画館がロングランさせる傾向があります。東宝東和が『ディスクロージャー・デイ』の公開延期を発表した時期を鑑みても、『マイケル』が想定外に日本でもヒットしそうな実感が迫ってきたため、急遽決めた感が漂います」
『マイケル』への“読みの甘さ”が生じた背景には、何があるのか。
「まず海外のミュージシャンの伝記映画は、日本で必ずしも大ヒットするとは限らない。過去にはクイーンのボーカル、フレディ・マーキュリーの伝記映画『ボヘミアン・ラプソディ』(2019)が興収135.1億円のメガヒットとなりましたが、宣伝担当者も当時『予想外』だったことを明かしています」
そうはいっても、『ボヘミアン』がヒットしたのだから、よりファン層が広そうな『マイケル』も“ワンチャン”いけると考えそうなものだが……。東宝東和のような大手が『マイケル』のヒットを読み切れなかったことを裏付けるかのように、Xには、
《映画マイケルの出来の良さと初週の大ヒットを見ると『なんでキノフィルムズが日本の配給権買えたんだ……?』という疑問が出てくる》《配給が東宝東和ではなくキノフィルムズなのは何でだろう》
など、同作の配給が“大手”とは言い難いキノフィルムズであることを不思議がる声が散見される。
キノフィルムズは、映画の規模に関わらず、その内容で買い付ける情熱企業として知られるが、そういえば『マイケル』上映前には、今なおくすぶるマイケルの児童性的虐待疑惑がスルーされていることから、物語性の“出来”に批評家たちは辛口だったものだ。ただでさえヒットが読めない伝記映画という以上に、「リスクを取りたくない」大手配給会社は、鑑賞を見送る人が多いと見込んだ――というのは、勘繰り過ぎだろうか。
客層が重なることもネックに
さらに前田氏は、配給・映画館側の視点に立つと、『マイケル』のメイン客層が“スピルバーグ世代”とピッタリ重なることも、懸念材料だったのではないかという。
「スピルバーグの代表作といえば『未知との遭遇』、『E.T.』、『ジョーズ』(1975)、『インディ・ジョーンズ』シリーズ(1981?2008、監督は4作目まで)、『プライベート・ライアン』(1998)などで、1970年代後半から2000年代に名を馳せました。一方のマイケルも、1970年代後半~1990年代が全盛期です。つまり最大ファン層が被る。
『マイケル』が世界的にヒットするなかで、日本では同作のために4月時点で全国63館のIMAX劇場を確保していました。勢い次第では、更に増やす可能性がある。『ディスクロージャー・デイ』は、やっぱりIMAXで見てほしい映画でしょうから、『マイケル』に食われて、良い環境で上映できなくなるのは痛手だと判断したのでしょう」
「ネタバレが不安」の声もわかるが…
他方、日本では「ネタバレ」への心配が渦巻く。「(ネタバレを)見なきゃいい」というのは簡単だが、SNS時代、予期しないタイミングでネタバレが流れてきてしまうのは避けられない。そうした波紋について、配給側はどう捉えているのか。
「結局、同時公開のメリットが大きいならそうしているんですよね。ただ『マイケル』のヒットが長く、集客の難易度が高くなりそうな時にぶつけるのは得策ではないと考えたのではないかと思います。それに公開延期は本国の許可が必要で、日本が勝手に決めることはできません。制作サイドも、日本ではこのままだと埋もれてしまう可能性があるとなると、強敵がいない10月期にずらす案に同意したのでしょう」
複雑な事情が絡み合い、延期となった本作。ファンにとっては歯がゆいところだが、楽しみにする時間が長くなったともいえる。「見たい!」という欲を呼び覚ましてくれるような、魅力的な映画が多い幸せを噛み締めながら、じっくり堪能できる時を待とう。
(取材・文=町田シブヤ)
