『豊臣兄弟!』前半戦、見せ場のオンパレードへ…市の夫・浅井長政による織田信長の裏切りどう描かれるのか?

2026/03/29 12:00配信【サイゾー】

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 前回(第11回)の『豊臣兄弟!』、三好三人衆の軍勢が、本圀寺に籠城した足利義昭(尾上右近さん)たちを攻め落とすのに意外に手間取った理由として、秀長(仲野太賀さん)が義昭との対話をヒントに、高僧のコスプレで「ここは三好家代々のご当主が敬われていた寺でございますれば、それをないがしろにしては、七代先まで祟られましょう」と訴え、それに意外な効果があったからという場面には笑ってしまいました。


信長から“カツアゲ”を命じられる兄弟


 筆者の周囲でも「トンデモ展開だ」と話題になったシーンでしたが、実はあれには『足利季世記(あしかがきせいき)』という裏付けの史料が存在しているのです。同書の「巻七」の中にはたしかに本圀寺の「僧衆(略)三好方エ使僧ヲ」送って「此寺ハ三好家代々崇敬ノ寺也」「寺ニ何ノトカ(=咎)アラン」――この寺は三好家代々が信仰した寺である。わが寺には焼き討ちにされるような罪はない!と弁明したくだりが出てくるのでした。


 しかしドラマとは異なり、この寺の僧はかなりの現実主義者で「公方様ニ御恨アラハ明日御座ヲ他所エ替サセ奉ルヘシ」――義昭公に恨みがあるのであれば、寺から別の場所に明日移すから、喧嘩はそこでやって~と言ってきたそうですが……。


 ただこの逸話については『信長公記』など他の信頼できる史料に記述が見られないため、真偽は不明です。まぁ『足利季世記』も歴史フィクションに相当する「軍記物語」であり、江戸時代初頭に編纂されたと思しき書物なのですが、それでもまさか“元ネタ”があったとは筆者もびっくりでした。


 しかもこの時の三好勢には、ドラマで描かれたように信長(小栗旬さん)に岐阜から追われた斎藤龍興(濱田龍臣さん)などを含む軍勢が大量に加担しており、その数、一説にはなんと「約1万人」。まぁこれも「軍記物語」の『細川両家記』の記述なので、盛りまくった数字かもしれませんが、この義昭公暗殺未遂事件には「本圀寺の変」のほかに、寺があった地域の名前を取った「六条合戦」という、より大規模での戦闘であったことを示す呼び名もあります。ドラマに描かれた何倍もの規模の大戦闘だったとしてもおかしくはありません。


 そこに尾張から信長が2日という常識はずれの猛スピードで京都に駆けつけ、三好を蹴散らしたと前回もお話しましたが、信長もこのときは相当に苦労しており、たいへんな寒波と吹雪の中、凍死者を出しながらの文字通りの“死の行軍”でした。先頭の信長が「遅れる者は置いていけ!」と発破をかけまくったそうで、こういうあたりが信長が敵からも、味方からも恐れられた理由だったのでしょうね。


 また当時の本圀寺はドラマとは異なり、周囲を塀と堀で固めた“小要塞”でしたし、前回もお話したとおり、足利義昭の側が三好勢の攻撃を見越し、相当な戦準備をしていたことが功を奏したといえるでしょう。


 しかしドラマの義昭公は、命の危機の中でも兵たちを鼓舞し、「私はお前たちと共にある!」的な王様ムーブができる御仁なんですね。「大河」では、信長をよく描こうとするあまり、プライドだけ高いエキセントリックな貴公子として描かれがちな足利義昭ですが、今年の義昭公は敵に回せばなかなか手ごわそうな印象です……。


市は「織田家の女」なのか「浅井家の女」なのか?


 さて、次回の『豊臣兄弟!』のあらすじは「信長は義昭に“天下人の石”と呼ばれる藤戸石を贈る。だが義昭は、信長と目指すものが違うことに気づき始めていた。一方、藤吉郎は京都奉行に就任。任務に追われる小一郎と藤吉郎は、あるとき信長に連れられ、市のいる小谷城を訪ねることに。長政と市は幸せに見えたが、裏では織田を快く思わない長政の父・久政が不穏な動きをしていて…」。


 浅井長政(中島歩さん)に嫁いだ市(宮﨑あおいさん)が垢抜けて美しく、見とれてしまいましたね。「ろうたけた」という高貴な女性の優美さを形容する言葉がぴったりです。ドラマの浅井長政という良くも悪くも「優しい夫」と、気丈な妻の市の取り合わせに既視感があると思ったら、そのまんま宮﨑さん主演の『篤姫』(2008年)の篤姫と徳川家定(堺雅人さん)の夫婦みたいでした。


 長政役が、朝ドラ『あんぱん』(2025年度前期)でヒロイン・のぶ(今田美桜さん)の最初の夫を演じて印象深かった中島歩さんなのも、巧みなキャスティングだと思わせられました。史実の長政は長身なのは中島さん同様なのですが、肖像画を見る限り、横幅も相当にデカい男だったようですが……。


 ドラマでは「女の顔色をうかがうような男はイヤだ」となどやけに長政に冷たかった市ですが、長政が火中に投じられた信長から贈られた京土産の鏡を、素手(!)で“救出”する姿を見せられる中、さすがに夫婦愛も深まったようです。次回予告には、市が長女・茶々を授かるというシーンがありましたが、たしかにドラマのような流れがあれば、あのタイミングでの初子誕生はごく自然でしょう。


 しかし実際の茶々の生年月日は不明なのでした。「47歳」「49歳」「52歳」と諸説ある茶々=淀殿が亡くなったとされる年齢――つまり享年から逆算した可能性のひとつとして、お正月に「本圀寺の変」があった永禄12年(1569年)に茶々は生まれたという説がある程度なのです。ちなみに淀殿には初と江という二人の妹がおり、「浅井三姉妹」と呼ばれていますが、妹たちの生年月日も同様によくわかっていません。


 たしかに当時は高貴な女性でも生年月日が正確に記録されるケースのほうが珍しかったのですが、「浅井三姉妹」の場合は、彼女たちの父・浅井長政が信長と対立して戦死したため、幼少期の彼女たちにまつわる多くの史料も焼失してしまった可能性も否定できません。


 織田家の市と浅井家の長政が政略結婚を行い、両家は同盟を結んだものの、結果として長政は信長を裏切ることになりました。そして(織田家が敵対中の)越前の朝倉家と結託した浅井家は、それに激怒した信長によって攻め滅ぼされたのです。燃え上がる浅井家の居城・小谷城から命からがら脱出したのが市と浅井三姉妹でした。


 実は長政の裏切りについても、詳細は不明です。しかし織田と浅井の対立が表面化したのは、元亀元年(1570年)に「金ヶ崎の退き口(かねがさきののきぐち)」と呼ばれる事件が起きてから。このとき、ドラマや創作物では、浅井家は朝倉家と長年の交流があったので、織田家にも朝倉家を攻撃させないという約束をさせたのだが、“不戦の誓い”を信長が破ったので長政が怒った……という描かれ方をされがちです。しかし、実際にそうした“不戦条約”を証明する一次史料は見つかっていません。


 長政の裏切りについても、すでに隠居の身でありながら家中に影響力を持ちつづける長政の父・久政(榎木孝明さん)が、同盟相手の織田家より、織田家が対立中の朝倉家に肩入れし、息子を「やはり織田を裏切るほうがよい」と説き伏せたという描かれ方になりそうですね。ドラマの久政はあきらかに「織田の間者」として市を警戒している様子でしたから……。


 とはいえ、当初の信長は自分の名前のひと文字まで与えた、義弟・浅井長政のことを信頼仕切っていた様子が『信長公記』には見られます。家臣たちから浅井長政の裏切り可能性を伝えられながらも、「長政がそんなことをするわけがない!」とかばっていた信長ですが、彼のもとに市から袋の両端を縛った小豆の袋が「陣中見舞」として届き、それを見た信長もさすがに「朝倉と浅井に挟み撃ちにされようとしている」とピーンとくる……という有名逸話があるのですが、これはさすがにフィクションです。


 江戸時代の軍記物語(=歴史フィクション)の『朝倉家記』などが初出なのですが、信頼性の高い情報源(『信長公記』)と 巧妙に“悪魔合体”しているため、やけに有名になってしまった話なのでした。おそらくドラマにも登場しそうですね。


 しかし長政の裏切りによって、命からがら信長が逃げ出さねばならなかったのは史実です。そして信長を逃がすために、最後尾に残って敵を食い止める“死に役”である「殿(しんがり)役」を買って出たのが秀吉(池松壮亮さん)だったのです。このあたりはすごい盛り上がりで描かれることになるでしょう。


 こうした秀吉の献身もあり、京都に命からがら逃げ帰ることができた信長は2カ月で完全に態勢を立て直し、浅井・朝倉連合軍に決死のリベンジを挑むのでした。これが元亀元年6月28日の「姉川の戦い」です。


 しかしこの戦いでも浅井父子は退却・逃亡に成功。同年9月の「志賀の陣」を経た後は比叡山という“聖地”に逃げ込み、比叡山も信長の脅しに屈せず、浅井家を庇おうという姿勢を崩さなかったので、これが後年の信長最大の凶行である「比叡山焼き討ち」の遠因となったとも語られます。


 こうして浅井父子は比叡山潜伏を経て、浅井の本拠地・小谷城に籠城したのですが、執念の信長はこの城を取り囲み、彼らを滅亡にまで追い込んだのでした。このあたりもドラマがしっかり描いてくれるでしょうから、おいおい触れていきたいのですが、実は市と長政夫婦の間に生まれた夫婦愛の結晶である「浅井三姉妹」のうち、長女・茶々以外の次女・初、三女・江は、長政と信長の血みどろの対立・抗争のさなかに生まれたという事実は興味深いですね。


 おそらく史実の市は、「織田家の女」よりも「浅井家の女」――もっというと「長政の妻」として振る舞おうとしていたのではないかと想像させられる一幕です。愛する夫・長政から生き抜くことを強く望まれ、説得もされたから、市は三姉妹とともに燃える小谷城から泣く泣く脱出したのでしょうが、やはりこのあたりの「戦国もの」特有の地獄の背景つきの人間ドラマは盛り上がること必定です。これから何週間かの内容は序盤最大の見どころのオンパレードとなるはず。次回の放送が楽しみです!


織田信長にみる戦国時代の身分と出自


(文=堀江宏樹)


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